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地球上のすべてがフィールド。意識するまでもなく目の前に広がっている

FASHION

高谷 健太/クリエイティブディレクター
1998年ファッションデザイン学科卒業

世界の一流が直接指導する「T.O.L.講義」で運命の出会い

世界的なファッションデザイナー、山本寛斎氏との出会いが人生を変えた。それは4年生のときのT.O.L(トップ・オピニオン・リーダー)講義。これまでプロデュースしたショーを映像で紹介しながらのエキサイティングな講義に、未だかつてない衝撃を受けた。「ファッションの枠を超えたスペクタクルなショーの数々、パワフルな寛斎氏の人柄…何もかもが規格外で、器の大きさが違うとはこういうことかと」。ハートを射抜かれ、「絶対にこの人のもとで働く」と決心。実は、卒業後はニューヨークに留学してファッションデザインについてより深く学びたいと考えていたのだが、思いもよらなかった舵切りである。

猪突猛進。就職指導の先生に頼み込んで、新卒者を採らない山本寛斎事務所に働きかけてもらい、特別なチャンスを得ていざ面接。見事内定を勝ち取る。情熱の勝利である。折しも、寛斎氏が審査員を務めていた装苑賞に入選しており、面接の際には「君の作品を選んだばかりだよ」と直々に声をかけてもらった。「つかみはOKだったのかもしれない」とニヤリ。高谷健太氏のキャリアはここから始まった。

憧れの寛斎氏は、近づいてみると、想像していたより何倍もエネルギッシュでスケールの大きな人だった。「ファッションデザイナー云々というより、人としてすごい。思考も、行動も、常人の理解を超えていた」。ますます心酔するとともに仕事の面白さに目覚め、持ち前のセンスを武器にファッションデザイナーとして着々と実績を積み重ねていく。そして、入社10年目を過ぎたころからは服づくりだけでなくショーの演出にも携わるようになり、クリエイティブディレクターとして国内外で活躍。今では誰もが認める寛斎氏の右腕となった。

世界を意識せず日本を意識する

高谷 健太

長きにわたり世界を代表するクリエイターとして走り続ける寛斎氏にとってすでに世界はデフォルトである。そんな寛斎氏のもとで20年近い歳月を過ごしてきた高谷氏にとっても、世界はわざわざ意識することもないほど当たり前のフィールドとしてそこにあるものだ。

イギリス、ドイツ、スペイン、トルコ、中国、インドネシア…etc. これまでショーを開催した国を挙げれば両手でも足りない。独特なのは、その都度現地の人たちを採用し、何もかも一からつくり上げていく手法を貫いていること。日本からスタッフを連れて行き、機材などもすべて日本でつくってから持ち込めば話は簡単だが、それはナシ。なぜなら「ともにつくり上げていくプロセスも含め、ものづくりの感動を世界中の人々と共有したい」それが“寛斎スピリッツ”であるからだ。人種も価値観も違う人たちが集まるがゆえに、考えられないようなトラブルが起こることも少なくないが「毎回フレッシュな気持ちで仕事に向き合えることで、エネルギーが爆発する」と高谷氏は力説する。

また、世界を意識しない一方で、日本については強く意識している。自分たちが日本人であることは紛れもない事実。日本の文化や技術を発信してくことで、世界中の人に日本を知ってもらいたいとの想いを抱き、これまで、日本が誇る有形無形の財産を融合させたエンターテイメントショーの世界を構築してきた。

「伝統的な地域の祭りや踊り、和太鼓、華道、歌舞伎など古きよき和の文化、そして、東レのハイテク素材、エプソンのデジタル捺染技術、島精機製作所のホールガーメントといった最先端テクノロジー。新旧織り交ぜた縦横無尽なコラボレーションのもと、誰も見たことがないものを目指して、不可能を可能にしてきたという自負がある。真のインターナショナルとは、ナショナリズムを極めることだと思う」。

「勝つべき理由は何だ?」

プロデューサーとしても超一流である寛斎氏は、アバンギャルドな作風ゆえに“感性の人”という印象が強いが、非常にロジカルな思考の持ち主でもある。口癖は「勝つべき理由は何だ?」。勝つには勝つだけの理由が必ずある。コンテストで賞を獲るにも、商品が売れるにも、ショーが成功するにも、だ。つまりそれが戦略なのだ。「ゆえに勝てる」という部分をひとつ1つクリアしていかなければ勝ち戦はできない。高谷氏はそれを「寛斎氏に教わったことの中で、もっとも大事にしている」という。そして「それまでは、ひたすら突飛なものをつくって目立てばいいと思っていたが、戦略を明確にしなければスタートできないということを知った」。

今年は、寛斎氏の発案により展開している「日本元気プロジェクト」のイベントを国立代々木競技場の第二体育館にて開催。「日本を応援し、元気にしよう」という熱き想いとともに、人間エネルギーを表現する参加型イベントであり、高谷氏はプロジェクトチーフとして指揮を取った。当日は、国籍や人種、性別、年齢、プロ、アマを問わず、寛斎氏の熱き想いに共感した500名超のキャストが大集結。多彩なパフォーマンスととともに日本中にエールを送り、大成功を収めた。

「震災以降の日本や日本の未来を見据えて、日本中の人々を応援し、元気をつくり出し、感動を共有したい気持ちが募っている。目指すは、経済の豊かさの先にあるハピネスを示すこと。まだ具体的な形は見えていないが、今回のイベントはそのワンステップとなった」
理想形を追い求めて、高谷氏の歩みは止まらない。

高谷 健太
卒業後、ファッションデザイナーとして山本寛斎事務所に入社。ファッションデザイナーとしてだけでなく、クリエイティブディレクターとしてショー、舞台、イベントを総括するポジションで活躍中。日本から世界に向けてエネルギーを発信する「日本元気プロジェクト」ではプロジェクトチーフを務め、山本寛斎氏の次席で手腕をふるう。現在は、モード学園の「スペシャルゼミ」の講師を務める。

※卒業生会報誌「MOGA PRESS」70号(2015年11月発刊)掲載記事