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インテリアデザザインに活きるファッションデザインの視点

INTERIOR
久田カズオ
クリエイティブディレクター
1990年ファッションデザイン学科卒業

目指していたのはファッションデザイナーだった

リノベーションや店舗設計デザイン、新築注文住宅設計などをメインに、枠にとらわれない空間演出を手がけ、業界の中でもひときわ異彩を放つ設計デザイン事務所、『9(ナイン)』。その司令塔である久田カズオ氏は、類まれなセンス、手腕で、各方面から注目を集める存在である。

ところが「目指していたのは、ファッションデザイナーだった」と意外な告白。「パンクロックが好きで、パンクファッションを生み出したデザイナーたちに憧れていた。夢をかなえるためにモード学園に進んだが、いざ学び始めたら、自分には才能がないとわかって…」というのだ。「ファッションの世界はサイクルが早い。毎シーズン斬新なアイディアを繰り出し、人々を魅了するコレクションを発表していく。何年も、何十年も。そんなポテンシャルが己の中にあるとは思えなかった」。さらには「1980年代当時、バブルを背景に世の中を席巻していたファッションと、自分が好きなパンクファッションとは隔たりがあると感じ、デザインで生きていくという決意は揺らがなかったものの、迷いが生じてしまった」と続ける。

卒業後もしばらく服づくりを続けていたが、30歳で一念発起して大工へ転身。ファッションに比べてトレンドサイクルが緩やかなインテリア、ひいては、長い歳月をかけて価値を高めていく建築というジャンルならば勝負できる、生涯をかけられると考えたからだ。専門書を読み、道具をそろえ、独学でスキルを身につけた後にマンションを購入し、約1年かけてセルフリノベーション。オープンハウスを実施したところ予想以上の反響があり、続々とオファーが舞い込むようになった。35歳の時のことである。

モード学園時代に学んだ服づくりのノウハウが活きている

『9』のデザインコンセプトは「PUNK(前衛)」「PRIMITIVE(素朴)」「PURE(純粋)」。そして、「飲食店であれ、オフィスであれ、住宅であれ、すべてにおいてベースとなるのはファッションデザインの視点。それが最大の個性であり、強み」と力強く語る。それゆえ、一般的な建築の工程ではまず入って来ないような、ユニークな手法を用いることもしばしばだ。たとえば、花屋の店舗デザインでは、プリザーブドフラワーのシャンデリアを考案。鉄板に3,000本もの薔薇(プリザーブドフラワー)を1本1本手作業でつけて仕上げていった。「ビーズを1つずつ縫いつけていくような服づくりの感覚。そういうアイディアが自然発生してくるのは、モード学園で学んだ多くのことが今も活きている証。無駄なことは何ひとつなかった」と清々しい笑顔だ。

では、次代のクリエイターを志す後輩たちに言葉をかけるとしたら?と質問したところ、少し考え「手法を学ぶのは大前提として、何よりやってほしいのはセンスを磨くこと」と答えが返ってきた。「今は誰でも等しく情報が手に入れられる時代。そこから何を選び、どう組み合せ、人と違った新しい発想に転化させるかが肝になる。つまりそれがセンスなんじゃないかな」。そして「たいていの人は自分の好きなところばかり掘り下げていくけれど、それではセンスは育たない。普段着る服でも、両極端なものをコーディネートしてみるとか…些細なチャレンジを重ねるだけでも違ってくるはず」と親身なアドバイスを送ってくれた。

デザインの力で世の中を良い方向に導いていきたい

この仕事を始めて20余年。時代の変遷を目の当たりにしながらクリエイターとしての歩みを進めてきた現在、「消費されるだけのデザインでは、もう意味がないとの境地に至っている」という久田氏。「ただつくって売ればいいという時代は過ぎた。個人の満足で終わらず、世の中を良い方向に導くデザインを生み出さなければ」との欲求に駆られ、様々なアクションを展開中だ。中でも“古き良き和のものに新しさを加えて息を吹き込む”ことを目指した古民家、長屋の再生は、力点を置いている仕事のひとつ。日本家屋の持つ神秘性や重厚感、日本人の心と体になじむ居心地の良さを追求し、好評を博している。また、現代人が忘れかけている“自分でつくる楽しさ”を伝えたいと、DIYコーチ派遣システム「DIY Deli」、リノベーションの全ステップを体験できる「DIY®SCHOOL」を実施するなどしてDIYの普及にも取り組むほか、完成レベルが選べる未完成住宅、寿命200年のサスティナブル新築マンションなど、次々とアイディアを発案しては実行に移している。

さらに興味の対象は、“コミュニティづくり”にも拡大中。「共通の思いや趣味をもった人が集まれば、そこから新しい何かが生まれ、発信されるはず。そんな場所を手がけたい」。すでに複数のプロジェクトが進行しており、徳島県とのコラボレーションによるアンテナショップ型リノベーションホテルが年内開業の予定である。

「好き」を表現する手段であったデザインは、クライアントのために、社会のために、が加わって、ますますスケールアップ。今この瞬間も、久田氏のデザインが、どこかで何かを変えている。間違いない。

久田カズオ

1990年ファッションデザイン学科卒業。
卒業後、ファッション関係の仕事に就くが、建築現場でのアルバイトを経て大工になり、300件以上のリノベーションや店舗設計デザイン、注文住宅設計に関わる。2011年11月、9株式会社を設立し、代表取締役兼クリエイティブディレクター&カメラマンとして活躍中。2015年より一般社団法人リノベーション住宅推進協議会関西部会長を務めている。