「プロとして、よりよいものを創る信念を持って突き進めば、はみ出していようといまいと関係ない」
八重樫 夏美(ディスプレイデザイナー・デコレーター・ビジュアルマーチャンダイザー)
「うーん、自分自身で“はみ出している”と思ったことはないけれど、とにかくはっきりものを言うタイプではあるかなぁ」と、八重樫夏美氏は屈託なく笑う。フリーランスになって3年目。商業施設のディスプレイデザイン、空間演出、ビジュアルマーチャンダイジング(VMD)などを手がける気鋭の若手クリエーターとして、注目を集める存在だ。
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八重樫 夏美(ディスプレイデザイナー・デコレーター・ビジュアルマーチャンダイザー)2006年インテリア学科卒業。吉忠マネキン(株)に入社し、阪急、三越など、主に百貨店のウィンドウディスプレイを担当する。その後、学生時代にアルバイト経験のあるクリオマニュファクチャー(株)を経て、伊勢丹を主軸とする商業施設のウィンドウディスプレイの他、NHKの小道具、よーじやのウィンドウなどを担当する。2011年に独立しフリーランスに。企画力と行動力、高いプレゼンテーション能力を武器に、商業施設のディスプレイデザイン、ビジュアルマーチャンダイジングをはじめ、空間創造・演出において幅広いクリエーションを展開している。 |
譲れないものはどうしたって譲れない

生まれも育ちも東京は下町。江戸っ子気質がDNAに刻み込まれているからなのか、昔から、何事も白黒つけなければ気が済まない性質だった。仕事になるとそれはひときわ顕著になり、クライアントであれ、上司であれ、先輩であれ、遠慮なく議論を挑む。といっても、やみくもに自己主張をするわけではなく、よりよいものを創るために提言するといった方が正しい表現だろう。
説得力のある意見を提案できるよう、勉強や情報収集は欠かさない。綿密なリサーチやトレンド分析、経験によって培われたノウハウを土台に、自身の感性を加味し、ある時はプロの立場から、ある時はユーザの視点で、思ったこと、感じたことをストレートに発言するのだ。もちろんぶつかることもある。というか、ぶつかることの方が多いぐらいだ。「でも、ぶつかったって、クオリティの高いものができた方がいいじゃない?」と潔い八重樫氏。「その辺は自分の持ち味と思って割り切っているし、逆に、そういう面を期待してオファーしてくれるクライアントも多い」そうなのである。
入学時からはっきりしていた
就きたい仕事、なりたい自分
もともとディスプレイの分野に興味はあったものの、その職種については無知だったため、高3の時点では美大に入ることしか思いつかず、美術系の予備校に通うなどして受験の準備を進めていた。ところが「どうにもデッサンが苦手で……」断念。普通の大学へ行こうと勉強に励むも、今度は頑張り過ぎて体を壊し、その年の受験をあきらめざるを得なくなる。結果的には、それが現在の八重樫氏につながる転機となった。
療養のさなか、ふとしたきっかけでデコレーターという職業を知り、「これだ!」というひらめきとともに、空間系の勉強ができる専門学校へ進もうと決心。1年間アルバイトをして資金を貯め、モード学園へ入学した。在学中は「目的がはっきりしていたから、学生生活をエンジョイするという感覚はなく、先生たちからどれだけ盗めるか、将来のために何をどう役立てられるかという意識で、ギラギラしていた」という。次々に出される課題も、自分のポートフォリオをつくるという気持ちで取り組んだ。「常に頭にあったのは、既に現役で活躍しているプロたちにどう対抗するか。正直、同級生なんて眼中になし。今思えば、見事に“はみ出していた”ってことかな」
しかしながら、当時は壁を感じていた同級生たちとは、今ではとても仲が良いという。「月1ぐらいのペースで集まるし、SNSで情報交換をしたり、仕事のアドバイスをし合ったりもする」そんな友人たちの存在は、仕事をするうえで大きな活力になっている。
よい流れがきている今
仕事が楽しくて仕方ない
今年で30歳になり、「ますます仕事が楽しくなってきた」と八重樫氏は語る。「30代って、あらゆるもののターゲットになる世代。だからクライアントも熱心に話を聞いてくれる」。キャリアとともに豊富な知見を積み重ね、プレゼンのテクニックが身についたおかげもあり、自分の提案が認められることも増えた。人脈ができ、実績を残し、大きなプロジェクトの依頼も舞い込むように。20代の頃に蒔いた種があちこちで芽を出し、花が咲き、実りつつあるような、そんな実感。「いい流れがきている」と、手応えを感じる日々であるようだ。

もちろん、しんどいことだってたくさんある。現場の作業は夜に集中することが多いため、2晩3晩の徹夜は当たり前。クライアントと職人との板挟みで苦労することも珍しくない。また、フリーランスゆえに、結果を出なければ次はないというプレッシャーとは背中合せだ。でも、だからこそやりがい、面白味を感じるし、何をしていても頭の中は仕事のプランでいっぱい。それがまた楽しくて仕方ないという。
そんな八重樫氏が後輩たちに伝えたいのは、「はみ出すっていうのは、意識してやることじゃない」ということ。狙ってはみ出すと違うものになる。要は軸をぶれさせないことが大事だと力説する。そして「失敗しても、人にとやかく言われても、軸を保って頑張っていること。軸のある人のところには、必ず人が集まってくるから」と、力強いエールで締めくくってくれた。
※卒業生会報誌「MOGA PRESS」68号
(2013年11月発刊)掲載記事