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『WORLD』『UNITED ARROWS』など大手アパレルを経て
ブランド立ち上げから2年で「東コレ」デビュー

FASHION

田中文江
FUMIE TANAKA
ファッションデザイナー

特集:上昇気流に、なる!
~発信力(sending out)で上昇~

『THE Dallas』から『FUMIE TANAKA』へ

セクシーでありながら自立した女性のための服、『THE Dallas(ザ・ダラス)』の設立から3年余り。モードでエッジの効いた服づくりで、おしゃれ感度の高い女性たちを虜にする田中文江氏は、2020年春夏コレクションより、展開するブランド名を『FUMIE TANAKA(フミエ タナカ)』に改め、新たな飛躍に向けて一歩を踏み出した。

自らの名を冠したブランド名とすること――そこには「今まで以上に自分のフィルターを通して発信する意識を強める、そして、ファッションの枠にとらわれず、クリエイションを広げていく意図がある」という。
「大好きな服づくりが核であることは変わらないが、建築、食、スポーツ、ライフスタイル…etc. あらゆる方向で創作の可能性を探っていく。面白いこと、ワクワクすること、誰もやっていないことにチャレンジし、ブランド価値を高めていきたい。そう、新たな上昇気流をつくる気概で」と、心を躍らせている。

「たとえば、店舗を出すこともプランの1つ。ただし普通の店では面白くないから、何かしらのギミックを取り入れたい」。また「コレクション発表の場を海外中心にしたい」など、海外進出にも前向きだ。世界中の人々に自分がつくる服を着てもらうという野望に加え、「ブランドが世界に羽ばたくことで、これまで関わったすべての人たちに多くのことを還元できる」と考えている。


  世界で活躍するファッションデザイナーへ!
「TOKYO FASHION AWARD 2020」受賞

田中氏が、世界をフィールドに活躍するポテンシャルの高い東京の旬なファッションブランドを選ぶ「TOKYOFASHION AWARD」を受賞。2020年1月のパリ・ファッション・ウィーク中に「ショウルーム・トーキョー」と、伊フィレンツェの「ピッティ・イマージネ・ウオモ」への出展が決定した。

2019-20年秋冬コレクションのテーマは「EMO」。「感情を揺さぶりたい」という想いを込め、たくましく自由に生きるエモーショナルな女性像を表現した。

少女時代から、将来の目標はファッションデザイナー

「幼い頃からファッションデザイナーになることが目標だった」という田中氏。
「靴下をリメイクして、人形の服をつくって遊ぶような子供で…(笑)」。
また「中学生のときには、ファッション雑誌のデザイン画募集企画で何度も採用され、ついには編集部から依頼が来るようになった」という驚きのエピソードも。そして「ファッションデザインに活かすために、デッサンや色彩学を学びたい」との理由で選んだ美術系の高校からモード学園に進んだ。

モード学園時代は、「学校以外はアルバイトに明け暮れ、とにかくハードだった」と振り返る。というのも、「親が出してくれたのは学費のみで、生活費を稼がなくてはならなかったから。アルバイトを終えて夜中に帰宅し、徹夜で課題をやるなんてことはしょっちゅう。それから、おしゃれをしたくてもお金がないので、洋服は手づくり。学校で捨てられている布を拾って活用するなど、不自由さがあった分、創造力が養われたように思う」。

卒業後は、大手アパレルメーカーの株式会社ワールドに入社。
ファッションデザイナーとして順調なスタートだったが、「実は、入社3日でやめたいと思った」と打ち明ける。けれども「まずは3日頑張る。それができたら次は1週間、その次は1ヵ月と短いスパンで考え、どんな小さな仕事でも何かを得ることを意識し、努力を重ねた」。その甲斐あって、1年後には1つのブランドを任されるまでになったという。

ハンドメイドのイヤリングがブームのきっかけに

とはいえ、最初から順風満帆だったわけではない。「デビューコレクションは全く売れず、人生であれほど大泣きしたことはなかった。世の中甘くないと思い知らされた」そうである。
そこで戦略を練り直し、「まずはブランドの認知度を上げなければ」と、プレスとセールス面を強化。自らがブランドアイコンとなり、毎日違うコーディネートを着こなして発信するなど、様々なPR活動を行うことでファン獲得につなげていった。

そんな中でブームのきっかけとなったのは、ヴィンテージパーツを使ったイヤリングだ。
田中氏自身が国内外で買い付けてきたパーツを組み合わせ、1点1点手づくりしていく。「世界でたった1つ。そんな特別感がお客様に刺さったのか、月に何百個もの注文が入るようになった」。1人で制作するには気の遠くなるような数だが、「今、これが求められている。だから全力で応えよう」と夢中でつくり続け、そこから人気が洋服へも波及して大ブレイクに至った。

ヴィンテージライクなイヤリングは完売必至の人気アイテム。アトリエには、様々な素材のパーツが溢れんばかりにストックされている。

今や“上昇気流のど真ん中”といっても過言ではないが、「売上などの数字よりも、SNSなどを通じて飛び込んでくる反響によってブランドの成長、勢いを実感する」といい、「何より嬉しいのが、『THE Dallasを着ると元気が出る』など、気持ちが伝わるコメントをもらうこと。また、ポップアップショップで店頭に立つと、お客様からたくさん声をかけていただける。こんなにも多くの人が私のデザインした服を着て、ハッピーになってくれているのだと思うと感謝しかない」とほほえんだ。

最後に、ファッションデザイナーを目指す後輩たちへのアドバイスを求めると、「失敗を恐れず行動すること。生き残れるのは、行動した者だけだから」ときっぱり。そして「それに、たとえ失敗しても、それについて考えれば失敗ではなくなり、素晴らしい出会いにつながることも多い。数えきれないほど失敗をしてきた私が言うのだから、間違いない」と清々しい笑顔で締めくくってくれた。

※卒業生会報誌「MOGA PRESS」74号(2019年12月発刊)掲載記事

Profile

田中文江
FUMIE TANAKA
ファッションデザイナー

卒業後、株式会社ワールドに入社し、婦人服ブランド『ville dazur』のデザインを担当。その後、株式会社サザビーリーグで『And A』の立ち上げに携わり、多くのヒットアイテムを生み出す。さらに、『UNITED ARROWS』ほか、大手アパレルメーカーを経て2016年に『THE Dallas』を立ち上げる。2018-19年秋冬コレクションで「東京コレクション」デビュー。2020年春夏より、自身の名を冠した『FUMIE TANAKA』を始動。