監督や役者に支持される、徹底的なリアルの追求。人気作品を支えるトップクリエイター
- 酒井 啓介
- ヘアメイクアーティスト
- 2000年メイク学科(現メイク・ネイル学科)卒業
映画をはじめ、ドラマやCMにも引っ張りだこ
2017年に公開された映画だけでも、『無限の住人』(木村拓哉のヘアメイク担当)、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』(ヘアメイク担当)、『たたら侍』(ヘアメイク担当)など、話題作がズラリ。映画だけでなく、旬の俳優、女優たちを起用したドラマやCMも数多く担当しており、映像分野のヘアメイクアーティストとして、目下、酒井啓介氏はノリにのっている。
オファーの届き方は、監督やプロデューサーから声がかかることもあれば、主演俳優から直に指名されることもあり、ケースバイケース。「一度仕事をして気に入ってもらい『次も頼むよ』となったり、現場で意気投合して『一緒に何かやりたいね』となったり…技術的な面より感性や好みが合うことが“縁のもと”になる。ありがたいことに、これまで仕事が途切れたことはない」
多方面から引く手あまたの酒井氏だが、なぜこの道を志したのか、今となってははっきりと思い出せないという。「高校の頃に、遊びで友人のヘアメイクのまねごとをしてみたことがあったり、美術系が得意で、そこからモード学園という選択肢が出てきて…色々なジャンルがある中で造形的なことが好きだったから、ヘアメイクが自分に合うと思ったのかもしれない」
卒業後は、インターンシップ先だったテレビ局のメイク室に就職。1年間在籍した後、映像をメインに仕事をしているヘアメイクアップアーティストのアシスタントとなり、25歳で独立。早い段階で独り立ちした理由は「自由なやり方で仕事をしたいと思っていたときに、ご縁と巡り合せに恵まれたから」。しかしその一方で、「現場でもっとも大切にしているのはコミュニケーション」であり、良いチームワークで一丸となって作品づくりに取り組めるよう気配りも忘れない。「現場には、大御所からひとまわり以上も年下の若手まで、様々な世代、タイプの俳優がいる。そのひとり1人に気持ち良く撮影に臨んでもらいたい。それが作品のクオリティにもつながっていく」
きれいにするだけがヘアメイクじゃない。人間くささを求め、あえて汚す
ヘアメイクといっても、ジャンルは色々。ファッション系や美容系などはその人をいかに美しく、魅力的に見せるかで勝負するが、「映像系は、そうした世界とはまったく別もの。きれいにするよりも汚す方が多い」と語る。重要なのは、俳優、女優が演じる人物の中身を醸し出すこと。ゆえに、脚本を読み込み、こういうキャラクターだったらこういう顔つきであるべき、過ごしてきた人生を考えたら、髪はこうで、肌の質感はこうで、傷痕があっても良いはずなどと発想を広げ、積極的に提案していく。「それがずっと貫いてきた自分のスタイルである」と。
いうまでもないが、作中の人物たちは物語の中で刻一刻と変化していく。常に活き活きと輝いているわけでなく、悩んだり、疲れたり、歳をとって衰えていったり、その時々の人間くささを追求していくと、必然的に汚すことが多くなるというのだ。「たとえば、苦労してきた設定なのに肌ツヤが良かったらおかしいし、共感してもらえないでしょ。苦労を想起させるような肌を表現しないと…」。そんなふうに、脚本に書かれていることを咀嚼して具現化する。「そのプロセスが一番面白いところ。自分は決して努力家ではないのだが、想像すること、考えることは誰よりもやっていると思う」
加えて、見る人の発想に結びつく“本当に見える嘘”を追求することにも徹底的にこだわる。以前、戦国時代の合戦後のシーンを撮影した際は、あちこちに転がる死体(生きている俳優たちだが)のひとつ1つに、前日山中で捕まえておいた蛾を貼りつけた。「死体に蛾がとまるかどうかなんて、本当のところはわからない。けれど、合戦の壮絶さ、残酷さ、虚無感みたいなものを一瞬でリアルに伝えるすごい絵が撮れた」。自身にとっても印象に残っているシーンだという。
多くの可能性を秘めた時代劇に心惹かれる
様々な仕事の中でも「表現の幅が広く、自由度も高い映画が好き」という酒井氏が、とりわけ心惹かれるのが時代劇である。「時代劇は生死が隣り合せの世界ゆえ、現代劇と比べて物語の激動感が違う。登場人物は皆歴史を背負っていて、掘り下げ甲斐がある」。さらには「昔の人の雰囲気を今の技術でどうやって表現するかに興味があり、追求していきたい」とも。映像技術も、ヘアメイクのノウハウも日進月歩。だからこそ、時代劇は表現の可能性のるつぼなのだと。そして、ほとばしる時代劇への思いのもと、たくさんのチャレンジを試みて完成させたのが、戦国の乱世に生きる若者の成長を描いた『たたら侍』だ。「髪や肌に今までにない質感を実現でき、やりきった感があった。海外でも高く評価された思い入れのある作品」と振り返る。
昨今、本格時代劇は減少傾向にあるものの海外では人気があり、映画祭などで話題になることも多い。「近い将来、日本が誇るノウハウを結集させて、本格時代劇を大々的に世界へ発信していくときが必ず来ると思っている。そのとき、その現場に自分もいたい」
酒井氏が、どんな作品で、どのように野望をかなえていくのか、今後に注目だ。
酒井 啓介
卒業後、テレビ局のメイク室に勤務し、アシスタントを経て独立。主な作品は、『無限の住人』(2017)、『たたら侍』(2017)、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』(2017)、テレビ朝日『BORDER』(2014)、テレビ朝日『アイムホーム』(2015)、wowow『コールドケース』(2016)など。2018年は、『検察側の罪人』『ラプラスの魔女』が公開予定。
※卒業生会報誌「MOGA PRESS」72号(2017年11月発刊)掲載記事