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特別な日に着る服から、特別な日をつくりたくなる服に

FASHION
田中 文江
デザイナー/ファッションデザイン学科卒業
培ってきた経験が花開き、
毎日ファッション大賞新人賞を受賞

“自分だけの特別なもの”がブランドの成長の芽生えに

当時、人気ブランドとして名を馳せていた『THE Dallas』から、2020年に突然『FUMIE=TANAKA』に名前を変えて再スタートを切った田中文江氏。知名度が加速度的に上がっている時期に改名に挑み、今年、毎日ファッション大賞新人賞にも輝いた。
一歩一歩、地に足をつけて着実に前進していく姿を、過去を振り返りながら語ってもらった。

「学生時代は友達と遊ぶことはほぼなくて、授業が終わったらバイトに行っての繰り返しでした。当時、5.5畳の1Kに住んでいたのですが、そこに二段ベッドを置いて、下段で作業をして……。椅子に座ってミシンが踏めることもなく、無理な体勢でどうにか課題をこなしてそのまま学校に行く日々でしたね」

卒業後は、親を安心させたいと大手のアパレル企業へ入社するものの、この安心感が自分をダメにすると契約デザイナーへの道を進む。このタイミングで結婚、出産も経験し、ふたりの子宝にも恵まれた。

仕事にやりがいを感じていたものの、契約デザイナーの仕事は企業への貢献を一番に考えるため、できるのはやりたいことの60~70%。「もう年も年だし、人生は一度きり。今までの経験のなかで、取引先さんも工場さんも増えてきたので、思いきってブランドを立ち上げました」

ひとつひとつ異なるビーズイヤリングに火がつき、瞬く間に注目のブランドになったように見えたが、最初は苦労の連続だったという。「ブランドを立ち上げることは誰でもできるんですよ。私もそうでした。最初の展示会は時期も遅かったし、一枚も売れないものもあって。バイヤーさんは、売れないものを買ったら自分の評価に変わるから、知らないブランドは不安で手を出せない……私も会社に勤めていたから、気持ちはすごくわかるんですよ。だけど、やっぱり大泣きしましたね」

デビューに苦戦し、まだ子どもも小さい中、一点一点手づくりのイヤリングが注目を集めた。ヴィンテージや特別感に惹かれて手に取られる機会が増え、瞬く間に『THE Dallas』の名前が広がっていく。つくったイヤリングはのべ2万個弱にのぼるという。「ダイニングが作業場だったので、2年ぐらいは、家族みんなでご飯を食卓で食べることができませんでした。1、2週間で800個オーダーが来るような状態で、朝までずっとつくり続けていましたね。それが芽になりました」

“新しい人”に年齢は関係ない!ポジティブに次の一歩を踏み出す

イヤリングのヒットによって、ブランドの知名度も広がっていく。そんな最中に突然のブランド名の変更。その理由とは。
「ブランド名を変えることは、私のなかでも勇気がいることで、不安もありました。でも、いずれ海外に行きたいという夢がある中で、自分は日本人なのにアメリカの地名で、パリで展開するとしたらどうなるんだろうと不安もありましたし、自分がやりたかったことのはずなのに、いつの間にかDallasが先に立って、Dallasのためにデザインを起こしている気がしてきたんです。展示会でお客様に説明していても、このままいくと嘘をつきながら商品を作り続けるんじゃないかっていう怖さもあって。でも、私は私なんだから思いきって名前を変えようと」

そのときは、東京ファッションアワードの選考直前。受賞すれば、海外展開のサポートも受けられる。「審査の3時間前に、『ちょっと待ってください!』と、全部資料を変えて『FUMIE=TANAKA』として提出しました。後になって気づいたのですが、東京コレクションの最後のショーの囲み取材でDallasとして行うのは、これが最後だと思います』とぽろっと言っているんですよ。当時は頭が真っ白だったのですが、今考えると、その時から自然と考えていたんだなって」

心配をよそに、『FUMIE=TANAKA』は『THE Dallas』の勢いをさらに加速する形で人気を博していく。「今までは特別な日に着る服をつくっていたのですが、今は特別な日をつくりたくなる服というか。自ら進んで新しい日をつくってみようというポジティブな自分が出せる、中に秘めていたものが出せる服、という点で大きく変わったと思います」

今年、今までの実績と秋冬のショー、様々なブランドとのコラボレーションなどが認められ、毎日ファッション大賞新人賞を受賞した。ここ数年ノミネートはされるも、惜しくも逃していたため、あきらめかけていたところでの受賞だったそう。「新人賞っていうと、周りからは笑われるんですよ。新人って、私でもいいんだ!って(笑)。でも、今回この賞を受賞したことで、まだまだ頑張っていいんだよって言われているような気がしたんです。やらなきゃいけない、動かなきゃいけない、思っているだけじゃ絶対に掴めないし、そこに年齢はまったく関係ない。だって私、新人だし(笑)!“新しい人”と書いて新人で、考え方が勝手にインプットされているだけで、そこに若さなんて要素は少しも入っていないんですよね」

この新人賞をきっかけに、今までの延長戦ではなく、新たな一歩を踏み出したと感じたと語る。長年、ファッション業界に携わり、さらなる活力にみなぎる田中氏の今後の展望を聞いてみた。
「このまま突き進んで、ひとつの夢に到達したいという気持ちもありますが、自分が気になることの新たな芽生えという感じもするんです。洋服じゃなくてもいいんじゃないかとか、新しいことをやってみてもいいんじゃないかとか、そんな勇気をもらった気がします。そして、まだ夢のひとつである海外にタッチにしていないので、今後、向かっていきたいですね」
“新人”の挑戦はまだまだ続く。

※卒業生会報誌「MOGA PRESS」77号(2022年11月)掲載記事

PROFILE

田中 文江
デザイナー/ファッションデザイン学科卒業

1975年大分県出身。大阪モード学園を卒業後、株式会社ワールド入社。株式会社サザビーリーグを経て、自社会社の株式会社DO-LEを設立し、企業デザイナーとして経験を積む。2016-17年秋冬より、『THE Dallas』を開始。2020年春夏より『FUMIE=TANAKA』をスタートし、TOKYO FASHION AWARD 2020を受賞。2022年、毎日ファッション大賞の新人賞・資生堂奨励賞を受賞。